社会の事象を「主体」としてその分布、機能、目的などを探るーこれは例えば機能主義人類学(マリノフスキー)などでもてはやされた。レヴィストロースは「カント主義」と自認するから、まず精神があって、それがモノのあり方を決める。事象は「客体」と逆転した。蕃神ハカミ



 部族民通信ホームページ   投稿2025é年5月25日  開設元年6月10日
主宰蕃神(ハカミ)義男        部族民通信  ホームページに 人類学のページに   

構造人類学 Structurale の紹介 その1

 
   

20232~ GooBlog連載投稿した原稿を20255月改訂、2025年5月21日に投稿)

1 本書の概要

人類学者クロード・レヴィストロース著「構造人類学 Anthropologie Structurale」は1958年出版(Plon社、初版冊数8161、投稿子の所有する個体は3242蕃=奥付写真)。それまで発表した宗教、言語、社会など人類学関連の論文を集大成した書に仕上がりました。悲しき熱帯TristesTropiques1955年、野生の思考La Pensée Sauvage1962年に挟まれての出版となる。この出版時期からして本書の立ち位置が浮き出ます。その意味合いは後述する。

目次:一章言語と親族、ニ章社会構造、三章魔術と信仰、以下芸術、教育理念の問題と続く。

本投稿での紹介内容:1 序文(構造主義とは、執筆の目的) 2神話の構造、Œdipeオイデプス神話とフロイトの考察 3プエブロ族(北米先住民)神話とŒdipe 神話比較。両の神話が謳う人の生まれの由来 4社会制度、構造とはなにか 5出来事の由来、事実と空想(二章)を採り上げます。

2 前文 Préface文頭の一文、Pouillon氏の指摘が本書の有り様を見せる。

« M. Jean Pouillon a écrit une phrase qu’il ne m’en voudra pas, j’espère, de citer en tête du présent ouvrage, car elle répond admirablement à tout ce que j’ai souhaité accomplir dans l’ordre scientifique, en doutant souvent d’y être parvenu »

Jean Pouillon氏は自身が寄稿した一節を、本作品の巻頭に引用するを望まないかもしれない、そうであろうと私は願うのだが。なぜならその一文節(elleune phrase )は私が、学術的基準のなかで、かくあれと望み、そこに行き着いていないと疑いつつ振り返る事情に、見事に応えているから(3頁)。

Pouillon氏くだん文の引用 « Lévi-Strauss n’est certes ni le premier, ni le seul à souligner le caractère structurel des phénomènes sociaux, mais son originalité est de le prendre au sérieux et d’en tirer imperturbablement toutes les conséquences »

レヴィストロースは構造に起因する社会の事象に注目した研究者として、初めてでも唯一でもない。彼の特異は構造を真摯に、そしてそこから派生するあらゆる帰結を、混乱を招かずに引き出している点にある(同)。

この文は « Les temps modernesDeuxième trimestre 1956» (SartreMerleau-Pontyの共同主宰となる文芸雑誌) に掲載された書評。表題は « L’œuvre de Claude Lévi-Strauss » レヴィストロースの作品考、Pouillonの指摘は「構造」への取り組みにレヴィストロースは « sérieux » 真摯さをもってあたると指摘する。

この真摯の意味を採り上げたい。

社会科学の学究多くが制度、慣習などに「構造」が見えるとは気づいている。自説の傍証に「構造」を用いる例も多い。しかるにそれらすべてが構造はここに在る、こう見えているとの説明にとどまる。その由来、性状、影響、なすなわち形而上を語る社会学者はいなかった。見えている構造を「主体」と捉える。中根「縦社会の人間関係」ではヒト関係を支配する年功構造を採り上げた。しかしそれは客体で、別のなにかに規定されるとは言及はしていない。中根を構造主義者とは言わない。

Pouillonもレヴィストロースは「社会構造」を論じる「唯一でも初めてでもない」と認める。しかし真摯であると。その意味は「構造そのモノは客体で、主体としての思想、構造の形而上にまで掘り下げている」、ただレヴィストロースだけ構造の象徴、思想を追求したーと論じている。

モノを決定するのはモノではない。思想はヒトが頭に持つ表象で、表象がモノを定義する。思想と(定義される)モノの対峙が構造を育み、そこに本質が宿るとレヴィストロースは(直接には)主張はしないが、著作に読み取れる。

日本ではあまり知られていないJean Pouillon19162002年)、戦後の仏論壇で活躍した彼を紹介する。レヴィストロースの直近 にして構造主義の援護者、L’homme(レヴィストロースが参画している人類学専門誌)編集長を長年(35年)努め « Le cru et le su » など著作も数えられる。アカデミー側にも立ち実践社会人類学教室« Ecole Pratique d’Anthropologie Sociale EPRAS » Ecole Pratique des Hautes Etudes実践高等学院の一部門を立ち上げ、後身の指導に力を入れた。レヴィストロース著作には時折、資料とりまとめなどで彼への感謝の文を見かける。

この写真はサルトル強面の一面が再現され、ネットでも時折見かける。サルトル正面の左脇に立つPouillon。後方にアンバリッドが見えるから、撮影はアレクサンドル3世橋の欄干脇にて(Henri Cartier-Bresson1955年写、ネット採取)。写真に見える通り彼はサルトルと近かったがハンガリー動乱(1956年)を境にしてLes temps modernesから(Merleau-Ponty 哲学、知覚の現象学と歩調を合わせるかに)離れた。

なぜレヴィストロースはPouillon献辞に困惑するのか、この辺りに彼の修辞を読みます。« elle répond admirablement à tout ce que j’ai souhaité accomplir… » この文(elle)は私(レヴィストロース)が本書に臨む心境、構造への真摯な姿勢を見事に表している。

この言い表しが読者に纏い付いたら、レヴィストロース観がPouillon判断に固定されてしまう。白紙の立場で読んでくださいの警報を読者に伝えているのかと信じる。

« On y trouvera réunis dix-sept des quelque cent textes écrits depuis bientôt trente ans » 過去30年に渡り発表した百を数える作品を17に分け掲載した。

部族民は商業出版の単行本のみを彼の著作と考えていた。フランス語のみならず米英系も含め、学術誌へ投稿は数多だろう、それが100有余。「人類学」の総決算であった。この後の「悲しき熱帯」はレシ(一人称の語り)であり、さらには神話学(生と調理などの4部作)に入り込んだ。神話学では人類学の手法とは異なる方法で取り組んだ。しかし表象とモノの対峙、構造主義へ思索はなお純化させている。

 


構造人類学の紹介 その2に







 

本書と表紙
Anthropologie Strucrurale
と読める。










Sartreの前に立つ
JeanPouillon
AllexendreIII橋にて
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3 導入章Introduction

章題はHistoire et Ethnologie歴史と民族学。この章はこれまでの民族学の大家(TylorBoasMalinowskiの名が見える)を紹介し、彼らの分析手法を「俎上」に乗せている。人類学専攻の学徒にあれば関心も高いと感じますが、本投稿では脇に置きます。「構造主義」の思想が浮き上がる文を幾節か;

 « On cherchera donc à découper les cultures en éléments isolables par abstraction, et à établir non plus entre les cultures elles-mêmes, mais en éléments de même type au sein des cultures différentes, ces relations de filiation et de différenciation progressive. » (6). 人(=自分のこと)は文化を「抽象」によって幾つもの要素に分断していく。それぞれの文化単位ではなく、異なる文化を横断して各要素の近縁さと異質さを確立していく。

構造主義の意を含む2箇所;

その1 抽象abstraction、この語が「モノと表象の対峙が構造=前出」に結びつく。人が事象を見てそのままの姿で受け止めず、抽象化なる思考過程を経て,その抽象を頭に形成する(表象)。その表象と眼の前の実際とを対比させる。親族の基本構造(出版は1947年)を例とすれば、親族とは婚姻と親子で結びつく、目に見える集団である。その思想は「財(嫁)の交換」の制度化。制度に沿って女を(時には子を)交換する集団。この交換の思想と影響を表象にしたため、族民が親族を理解する。

抽象化は人類に共通する思考作用である。故に時空を超えた文化も、人間同類なので水平に扱う。族民も西洋人も思考回路は同じ。

その2 弓矢、頭骨の変形加工などは文化要素である。要素とはモノであり主体である。これらの地理的分布が伝播(民族歴史)を現す(Tylorの説、本書6頁)。これに対してレヴィストロースは « Rien n’est plus dangereux que cette analogie » これほど危険な類推は無い―と切り捨てる。その危険性は « une hache n’engendre jamais une ache » 斧は斧を産まない。 « mais chacune d’eux d’un système de représentation » 斧それぞれは表象体系から生まれるのであるーで明らかとする。

実体の斧が子斧をもうけるは戯言、思想(斧の表象)が斧を生むと言い切る。人が表象を構築しなければ斧とは認識されない。目的、使用者、制作法など思想の構築です。斧なる思想が、斧文化と合わさって、民族から民族に移動する。レヴィストロース思想を構造主義たらしめる哲学が浮き出ている。

Tylor説には抜けている思想です。

構造人類学の紹介 その2に

 
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