部族民通信ホームページ   投稿2023é年10月15日  開設元年6月10日
主宰蕃神(ハカミ)義男        部族民通信  ホームページに 人類学のページに  哲学のページに  

レヴィストロースのピアジェ批判

心理発達はマヤカシ

 
心理構造と心理がともにモノであるならば「構造」を語る必要はない。猿山の構造、山口組の構造と同じ水準なので、目をマナコと伝えるだけだ。 

神話学「裸の男」最終章で発達心理学の創始、Jean Piaget(以下ピアジェ)(1896~1980スイス)を批判する一文が挿まれる。まずはピアジェの功績をネット百科から引用する;

知の個体発生としての認知発達と、知の系統発生としての科学史を重ね合わせて考察する発生的認識論génétique épistémologie)を提唱した。発達心理学者としては、「質問」と「診断」からの臨床的研究の手法を確立した。子どもの言語世界観、因果関係、数や量の概念などの研究を展開した。

4段階の認知発達をへて青年期までに「認識に結びつく」思考を獲得すると教える。その段階とは;

1      感覚運動 02歳 周囲(行動)と感覚が表象を通さず結びつく

2      前操作 2~7歳 自己中心性

3      具体操作 7~12歳 数と量の概念

4      形式操作 12歳以降 抽象、演繹思考の獲得Wikipedia)」

 

(以下は部族民)

1~4に至る「発達」の原動力は外世界との交流と脳内部の構造性。世界は実際に存在し、心理の構造も存在するモノ。心理発達するとは構造が増築されるに他ならない。構造の中に心理が感覚、自己...などと重層する。

この説明はそれら(心理の内容物)は実体モノとする主張が基盤となっている。それらを実学(モノをモノとして説明する学問)である心理学の実践範囲の説明にとどまれば、レヴィストロース構造主義との軋轢は薄いままの筈だった。しかしピアジェは著書(Le structuralisme構造主義)でレヴィストロースに論難を仕掛けた。レヴィストロースの構造は発達の概念を持たない。進展性、ダイナミズムがないと。

降りかかる火の粉は払わねばならぬ、反論を本書の終楽章フィナーレに挟んだ。

論を進めるに当たり前提 ;

 

1 ピアジェの心理はモノ、それを入れる構造性もモノ

2 レヴィストロースの構造はモノではない。思想、彼は形而上を語っているから。

 

引用の文(下)では己の人類学の「構造」主義を真性とし、精神分析とピアジェの心理発達を「誤りのfaussement」学説と糾弾する;

« On voit par là en quoi les interprétations structuralistes authentiques diffèrent de celles auxquelles s’adonnent la psychanalyse et les écoles qui prétendent ramener la structure d’une œuvre individuelle ou collective à ce qu’elles appellent faussement sa genèse » (裸の男、最終章Finale560頁から)

訳;そうした仕組みを鑑みると真(authentique)の構造主義(レヴィストロースが主張)とは、それらと別個のものと言える。それらとは、個が心理のうちに持つ形体(œuvre individuelle)を、それが集合的であるにしても(ユング)、個別でも(ピアジェ)、精神の「構造体モノ」として、誤謬によって「起源genèse」に結びつける精神分析とその一派(ピアジェら)である。

 

訳文の初頭「そうした仕組み」は引用文の前  « Les œuvres individuelles sont toutes des mythes en puissance, mais c’est leur adaptation sur le mode collectif qui actualise, le cas échéant, leur « mythisme » を指している。この訳は「神話とは語りであって個人的形体(作品)だが、それが「神話」の力でもある。故に、神話思想とは個々に語られる神話が、時により( le cas échéant )、集団的表象( mode collectif )を取りいれる結果であると言える。

ここでは神話の、集団的思考(神話の思想)と個別展開(語り口)、二重性を語っている。語り口はモノであるが(実際に聞こえている)、神話思想はモノではない、表彰(思想、さらに言えば図式)である。

「真のauthentique構造主義」と「faussement誤って」を何気なく引用文に挟んでいるが、この2語でピアジェを一刀両断した。さらに深く探る;

 

レヴィストロースは;

個々の神話の個別性は個人(語り手)の心理変遷の枠にとどまる。神話群を取りまとめる(族民らの)思想が大枠を定める。個人思考の対峙に集団(社会)思想(ないし表象)を置いている。集団の精神がまず位置して、形式である「個人の語り口=神話」との対峙となり、神話の表現とはこの対峙構造をはらむ。それを指摘するレヴィストロース神話学が(真の)構造主義である。

 

フロイト、ユング、ピアジェ、かれらは心理を語る、心理とは個人が個体に抱える。

論の進め方での共通点は「心理」を「モノ」に転換させて、その「モノ」の仕組みを語る。時には「二重性」深層と表面、欲望と抑圧の葛藤、あるいは構造化して発展段階の仕組みを教える。心理を物モノ仕掛けに組み直して、そこに認められる(筈の)発展などを心理構造に帰納させる。精神とは(誰が設計したか不明の)モノ、構造に押し込められることとなる。

心理の「モノ化」は実学である心理学にあっては便利な手法であろう。それを「主義化」する論にレヴィストロースは反論する。

« On concédera que les structures ont une genèse, à condition de reconnaitre aussi, mais l’œuvre de Piaget n’en apporte -t-elle pas la démonstration ? que chaque état antérieur d’une structure est lui-même une structure. 

One ne voit pas pourquoi il serait déraisonnable de penser que la nature derrière du réel est d’être en construction permanente au lieu de consister en une accumulation de structures toutes faites » (PiagetOn ne voit以降はStructuralisme50頁、本書561頁から引用)

訳;あらゆる構造は発生(une genèse)を持つ。この論には条件付きで譲歩はできる。条件は構造が発達するとは前段階があるわけで、その前段階にしても「構造」でなければ辻褄が合わない。

しかしこの仕組みをピアジェは説明していない。彼の文をたどると「現実の背後にある自然状態(nature)とは永続的に形成されていく性状であり、あらゆる構造部分が一時に出来上がって(そこで止まる)状態ではない」とある。

 

ピアジェは心理なるモノの発展を(背後にある何やらと共に)「発達」するとしている、モノだから始めっからそこに在るのだと。レヴィストロースはその仕組は理解できないとしている。ここが両者理論の差異を明瞭に浮き出していると感じ取れる。

 

レヴィストロースは疑念を深める。思考の根本で彼我に食い違いが認められるではないかと;

1      無から有は生じない。発達する心理の「構造」の源は何か。幼児は初めから小さな構造を精神に持つのか。

2      原初的認識から演繹帰納などの複雑系思考を獲得するに至る原動力は何か。ピアジェは個の心理のみを語る。すると原初心理の構造自体が、生育過程の外界と交流する中で、なにやらの方向意思を固め、「個人として自分勝手」に発達し高度化するのか。

2点はサルトルを批判した「歴史と弁証法」(野生の思考の最終章)でも疑念を開陳している。すなわち;

存在を通して自由(思考)を得ると説く実存主義にたいし、外界の影響を受けながら個が(経験を通じて)思考を獲得するなどの仕組みはない、とレヴィストロースの批判は展開していく。これと子が演繹思考を獲得する過程と重ねているのだ。

 

続く文章を読むと、

« Certes, mais ce sont déjà des structures qui par transformation, engendrent d’autres structures, et le fait de la structure est le premier. » その通り、しかしそれらはすでに「構造」なのです。構造が変身して別の構造を生む、構造の実際がまず最初に在る。

« Moins de confusions se seraient produites autour de la notion de la nature humaine, que nous persistons à employer, si l’on avait pris garde que nous n’entendons pas designer ainsi un empilage de structures toutes montées et immuables »

私達が語るところの構造は、出来上がりきった不動のものであるなどと主張していない点に彼(ピアジェ,on=一般の人と語感を弱めている)が注意深く気付いていたならば、人の性状を巡る論点でもこれほどの誤解は生まれなかっただろう。

« Mais des matrices à partir desquelles s’engendrent des structures qui relèvent toutes d’un même ensemble, sans devoir rester identiques au cours de l’existence individuelle depuis la naissance jusqu’à l’âge d’adulte, ni, pour ce que sont des sociétés humaines, en tout temps en tous lieux. »(本書561頁) 

しかるに、母型なる物がある。そこから幾つかの構造体が突然、一体となって出現し、生誕から成人になるまで積み上がるものの、それ自身は同一性を保つなどの義務から逃れており、さらには社会に対しても、どんな時間どんな場所においてでも、同一性を維持するなどの意志を見せないという母型が。

 

 







Piagetからのレヴィストロース構造主義批判
への難論は「硬直化」している。レヴィスト
ロースの
反論はいかに
   

母型(matrices)は生まれながらにヒトが具有する。その母型が外界との接触で突如「構造化」して幾段階の展開で、その度に構造が入れ替わり、心理を獲得する。個での発生ながら同一性(個人性)を担保する仕組みがない。なぜならその構造体は外部との接触の過程で発達していく。個体性を形成するのは外部となる、すなわち一貫性を保たない。発達段階で個体性が替わっていく、心理学の理論根本はこのような奇態な性状であるとしている。

(個が生まれ一歳、発達段階イチバンサ~ンの心理構造体が母体から出てきて、外部と交流する。モノとモノの交流でヒト一歳の個体性identitéが出来上がる。ニバンサン、サンバンサンなどが第一段階とつながるべき同一性はどの仕組みで保証されるのか。

この疑問に対してピアジェは以下に答えている、

« Dans le réel comme en mathématique, toute forme est un contenu pour celles qui l’englobent et tout contenu est une forme pour ceux qu’il contient » (本書561頁、ピアジェ著(le structuralisme)の95頁から引用)

理解しにくい言い回しである。拙訳は控えてレヴィストロースの解説;

« On prétend expliquer des types d’ordres en les ramenant à des contenus qui ne sont pas de même nature, et qui, par l’effet d’une contradiction singulière, agiraient sur leur forme dehors » 561頁)

上の注釈と引用文を併せ訳すと;

ピアジェ文の拙訳;数学の実数....(この文脈で実数がなにを表すかは不明、意味はないから忘れる)。それを内包する容器にとって内包物とは形である。内包物の全てはそれを含むモノには形である。

(レヴィストロースの注釈)ピアジェは次の要旨を言いたかったのだ。

いくつかのとある決まりdes types d’ordres、これらは内容物としてまとまるが、それぞれは異なる性状を持つ。それらが、矛盾する仕掛けで、外部にそれぞれの形を露呈させているのだ。

 
 

幾つかの内容物を「発達する可能性を持つ心理」とする。それら中味は一の構造に入り込む。

これを心理構造(例えば幼児の感覚運動期)での発達過程で「自己」とか「数量」などに発露する元となる。すなわち、発達因子の様々な機能(これも形)が段階ごとに外部に発露する。これをレヴィストロースは「心理が内包する様々の形は外部でそれぞれとして発生する」と注釈している(のだろう)。この仕組みはレヴィストロースによれば「矛盾する」と言う。

 

ピアジェは生まれつき人が持つ「知」否定する。幾つか取り決めが人の内部で発生し、発達段階ごとに顔を出すとしている。その取り決めの根拠を示していない。すなわち心理構造内の発達因子を束ねる一貫性(個体性)を示していない。構造そのものが自由意志を持ち外部を取りいれ、発達していく。なぜなら構造はモノ、外界もモノだから。「精神機械論」を論じている。

文は続く;

« Le structuralisme authentique cherche, au contraire, à saisir avant tout les propriétés intrinsèques de certains types d’ordres. Ces propriétés n’expriment rien qui leur soit extérieur »

真の構造主義はこれとは反対に(ピアジェが言うところの)幾つかの決まり(des types d’ordres形式)の奥にある性格propriétés(思想)を探すのである。これら思想は外側に現れるモノ(外部と交流するモノ)ではない。

まさにカント先験です。

ピアジェは形体を束ねる(心理の母型)があって、それは構造体としている。その構造は実態である。心理はいくつもの形体(因子)を内包し、それらは一体化にはならず発達段階に応じて構造体の中で発現し、一階とニ階には偏位が生じる(外部交流だから)。かくして心理内に一体性を有しない構造が出来上がる。雑居ビルを想像すればよろしいのでは。

レヴィストロースは神話の仕組み(思想と実体)を比較に採り入れ、実体に一体性が無いように見えるのは、個体(語り手)の寸劇が挟まるだけで、(族民の)思想が一体性を保証するとしている。彼は心理を語らないが、知を持ち出す。知とその発露作用(entendement)はヒトに共通であって、決して外部環境に影響を受け、発達する作用ではないと語る。

 

最後の引用;

« Ces propriétés n’expriment rien qui leur soit extérieur. Si on veut qu’elles se réfèrent à quelque chose d’externe, il faudra se tourner vers organisation cérébrale... »

これら思想は外部事象を一切語らない。それでも外的な物との関連を探すのであれば、人の頭(脳みそ)に目を向ければよろしい。

レヴィストロースのピアジェ批判 の了(20239月)

 
 
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