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4月の半ば、日本にては新型コロナ蔓延、国家的危機、パンデミックが危ぶまれていた日々、ある庶民の失敗譚である。
「ゴメンよ」と同時に「ワンワワーン」。
K氏がチャビ公を連れ、散歩途中、陋屋(借り家なので持ち主には失礼だが)に立ち寄った。半年ぶりはコロナ蟄居のため。マスク越しに「豆腐移動販売の詐欺」を告発してくれた。以下はKから聞いた詐欺の手口を綴った。
晩酌のサカナには豆腐、Kはことさらこれを好む。
湯にくぐらせた「湯豆腐」でぬる燗に冬を温まり、春先からは「ヤッコ」に改宗、コップのヒヤをぐいと呑む。丁寧に角取りされた純白のサイコロが2振り盛られる小皿を見ると、ちびりちびりの舐め呑みにするか、グイ呑み喉越しのいなせ振りも捨てきれないから、生醤油を垂らして一囓りをたしなむかに悩む。これが日課、Kの言い分では夕べから夜のとば口の通過の儀礼である。一日を終えた己の存在理由が湯豆腐なりヤッコなりに安堵されたのだ。
大したことのない老人日常なら一杯の酒とも等価であろう。
ヤッコで晩酌、この習慣を毎夕は継続はできない。
豆腐の移動販売車の「毎度お騒がせ….」でKの住む一角を訪れるのは木曜の夕刻。その夕にはしかと卓に乗るし、金曜にもおいしく頂ける。しかし土曜を越すと味は僅かにも落ちる。その僅か加減が持ち前の、甘さなめらかさを消してしまう。すると豆腐はみそ汁に放り込まれる哀れの片道飛行。もっと日が経ったりしたら煎り豆腐でフライパン焼かれに汗水を垂らす。
Kをして木曜夕べを待ち遠しくさしめる豆腐販売車はどこから来るか。
ナナオ丘陵とは地理院5万分の1地図にも載らないから、地元土着者の呼称だろう。その丘を一つ越すと高幡、私鉄の特急停車駅を抱え、名刹不動尊の伽藍の並びと裏山紅葉など観光名所との評判は帝都に広まる。山門から少し外れる横、店先はグルメ客でいつもにぎわう豆腐屋はマスコット常滑狸が見物者の目を引く。
「豆腐の尾張屋」
不動尊御用達を標榜するからには味に自信があるのだろう。移動販売すれば商圏が広まる。売り上げも伸びる。店主の作戦は大当たり。上がりと儲けは部族民なる外野に不明ながら、丘陵の居住民に「トウフ~」が待ち望まれるまでに定着した。
その日、販売車は早々と豆腐、あぶらげ、生揚げなど積み込んで定刻14時のかなりの前に出発した。
この時期、人々は家庭内に逼塞していた。ニュースが「食生活の動向に変化」があったと報道した。外食が減って家庭内で手作り料理が増えた。それなら豆腐も余計に売れると親方は一瞬喜んだが、楽観すぎると思い直し、仕込みを制した。なぜなら、コロナ感染に怯える主婦は「生もの豆腐を敬遠し、トンカツに走る」との見解が玄人筋で吹聴されたとも聞いたからだ。コロナに豆腐の組み合わせはウイルスを寒天で培養すると同じ。見えないけれどウイルスが豆腐表面に巣くっている筈だとか、食ったら即コロナなるうがった見方も玄人筋に膾炙されだした。
玄人筋とは他ならぬ、持て余す暇を医院待合室で潰す老人です。
トンカツなら油で揚げる。ということは病原コロナはカラ揚げで全滅する。食うことで感染防止に寄与するうえにウイルス消却に貢献できる。ならばやっぱり「みんながトンカツに走る」。この頃は、仕込み準備の度にあちこちで、トウフ店主が心配気味の推理を巡らせていたのだ。
尾張屋の移動販売員主任は富雄くん。本日の出発の前、その頭には楽観と悲観が、すなわち豆腐とトンカツがぶつかるかに駆けめぐった。両論の接点として「幾分の多め」にあぶらげを仕込にトウフは少なめにして軽トラックに乗り込んだ。
「幾分の多め」の油揚げはコロナ菌の撲滅、その印象を前向きに取ったから。これが失敗、さらにトウフ「少なめ」は大失敗だった。
高幡店を出て南山1丁目に入る。街道から脇にはいると道幅も狭いくねと曲がった通りが続く。「ここいらは人口はそれほど多くはない」それほど売れないと見た富雄くんの勘違い。住民多くがマンション住まい、若い夫婦が多い。昼間には夫婦ともに出勤しているから、豆腐のラッパ案内にも出てくる筈がない。これが今までの反応だったが今日は違った。共働きは共テレワークに変更された。「トウフ~」の拡声器案内が始まったら続々と人が集まりだした。これまで見たこともない若奥さん、それに若旦那さん。
豆腐一丁では終わらない、あぶらげ生揚げがんもどきを買い求める。1丁目が過ぎて2丁目では公園脇に止めて「トウフ~」とやったらとたん「待ってました」。ご婦人キャリアー風の洒落た出で立ち、若い勤め人はシーパン、幼い子の手を引くご夫婦も多数。見た目も色とりどり、その行列が長かった。
移動販売業界では売れ残りは需要予測の失敗と評価を落とす。しかし売れすぎて道の半ばで在庫を切らす無様はより悪い。後続する地域、お客さんに欠礼をはたらく。これが「討ち死に」と揶揄される敗戦。
翌週に立ち寄戻ったところで客数は減る。
立ち寄りポイント2箇所をこなした。豆腐油揚げの思いもつかなかった売上を突きつけられた富雄くんは作戦を練った。ガラス棚に置く見せかけ品数を減らし、「お一人様1丁」を演出した。売り惜しみなる高等技術は年季のなせるワザだけれど、それをしのぐほどに客の数が多かった。それも皆が「あるったけ買う」。富雄君の苦心の演出などハナから無視された。
お客側もコロナで必死なのだ。
最終地の丘陵住宅地に向かう前に豆腐、油揚げがんも、生揚げ…全てが売り切れた。親方に電話入れた。
「こっちから電話しようとしていたのだ、お前の軽トラ棚に残っていたら、引き返してもらおうと」店にも品物は無くなったとの言い分だ。トンカツや天ぷらに走るはずのコロナ狂い兆候はどこにも発見出来なかった。
「親方、全部売れちゃって売るモノが何もない、丘陵地には行けない」
「バッカやろー、行かないと売れない」
「行っても売るモノがない」「カラ荷軽トラの前でカンカンノーを踊って笑いをとるのだ、それが商売」
行け、行けない。掛け合いの間に店主がフト思いついた。
「桶カラが残っている、それでコロとドーを作るから、それを売るのだ」
桶カラとは「ご自由にお取り下さい」と無料に給する桶のオカラである。コロはオカラコロッケ、ドーとはオカラドーナツ。どれも丸めて揚げるだけだからすぐにできる。待つことしばし本店から緊急補充の輜重隊がやってきた。銃弾となるオカラコロッケ満載、討ち死には防げる。そうなると期待した富雄くんはその数を見て、すっかり気落ちした。コロ10枚、ドーは13輪、それにオカラの粉が僅かばかり。これだけで食欲旺盛な敵、違った、お客さんと交戦するのだ。
「電話の後、見たこともない3人連れの奥さんがやってきたんだ。豆腐もあぶらげもないっていうと、オカラがあるじゃない。タダって書いてあるわと気付いて3人揃ってごっそりもってたんだ。豆腐買わずにオカラだけは歓迎しないのだが」
「いつもなら手間がかからないって喜ぶんですけど」
「そのうちの一人、中年の眼鏡が店の出際に、あんたんとこ豆腐屋やめてオカラ屋にしたら、嫌み言うのだ。客商売だからワッハッハと堪えたが」
「カラ屋に徹する、今夕は、それでしか生きるツテがない」富雄くんだってこの先のイバラの売り戦の苦しさを想定し、カラ屋身分にぐっと耐えた。
虎の子のコロドーを載せて販売車は丘陵を走る。坂道は登り、そのハナで止まって「トウフ~」。豆腐がないからコロドーが売れまくった。残りはカラコロ1とコロドーが2の目玉になった。さあ、最後の丘陵中腹だ。イヤな予感を富雄くんは感じた。「ト~」も終わらないうちやはりK、飛び出して転がるかに走り寄ってきた。
「いつもの爺さん、辛口批評を止めることすら試みない。しかし今夕はカラ屋だ、言われたら言い返せばいいや」富雄くんは腹をくくった。
「遅かったな、でも来てくれるだけで許す。ホイ、豆腐だ、この陽気なら絹ごしだね。ヒッヤとしたヤツでいい、一丁と言わない二丁くれ」
春先、湿気のないさわやかな一日だった。コロナを忘れてしまえばさらに良かった。
「すみません旦那、売り切れちゃったんで、陽気のセイだね」
仕込みに誤算、トンカツ勘違いには最後までシラを切ると決めた。
「そんなら木綿ごしで妥協する、オレって柔軟性があるのだ」
「気付かなかったなァ。その柔軟性とやら、いつ発揮してたので。ところでまあ聞いてください、旦那さん。木綿最後の1丁がこのすぐの下で売れちまった。あの老女、欲張りだったなあ、油揚げ豆腐、ガンモ、なんでも買い占めた。ご老人には残念だったですなァ」
丘の下の欲張り老女なぞは苦しい言い訳。「トオフ~」で到着を案内したからにトウフありませんでは格好がつかない。故に「実はさっきまでトウフはあった」とハッタリを噛ませないと豆腐屋としての存在が危ぶまれる。ご不動御用達の看板が危ぶまれる。
「なに、豆腐を持たないのか。時期が時期だから許そう。なればアブラゲだ。ふっくらしたのを直火でちょいと炙ぶってパチパチ~ン、ショウガオロシをパラリと降して生醤油を垂らしたらジュッジュと弾ける、さらに追求すると山椒だ、掌においたら恥ずかしがるほどの若葉をハッシと叩いてフワッとのっける。粋なサカナだよ。おいらみたいな粋人にピッタシ合うね」
「粋人ですかい、それはこっちも知らなかった。ところで旦那さん今日はゴソッとアブラゲを仕込んだんです。このところアゲを買う人が大量に湧いて来ました、特に川原のあの辺り、そこいらでウナギ登りの評判が豆腐の尾張屋。アブラアゲ取り合いがまさに住民合戦でご老人、あの方たちの先駆け突進であなたの分がむしり取られてしまった。コロナ後遺ですかね」
「生揚げ」
「そいつが今日はバカ売れでした、寄るとさわると皆がみんな、ナマアゲ~って大騒ぎになっちまって殺気が迫った」
「ガンモ」
「知ってますかい、ウチのガンモには他店には絶対にないネタが入ってるんです、なんとお不動ギンナン、こいつがよその店との味の違いを絶妙に演出する」
「3枚」
「あなたは粋人かも知れないが聞き分けがないお方だね。不動ギンナンなる営業秘密までバラした訳とは…」
「訳は何事」
「売り切れって言ってるんです。店を出たとたん、郵便局の裏あたりで完売ですわ。あっちにもガンモ喰らいの粋なお方が多いって話ですわ」
「ウウムゥ…」
豆腐屋の品揃えをすっかり言ったからに、もはや注文はでてこない。一旦息を止めたKが富雄主任を見つめ、
「豆腐もアゲも、ガンモも生揚げ湯葉こんにゃくもない、己!尾張屋よ、何を持ってきてるのだ」
問いつめの口調に滲むがKの嘆き、
「旦那さんにぴったりの逸品をもってきました。豆腐界で注目の的日野市でシニセ尾張屋のチョー傑作」
「いいからそれを出せ」
「これですわ」ガラスの蓋を開けた。豆腐とは全く違った焦げ茶の揚げ物がそこに見えた。
「なんだいこれは」
「カラコロカラドー」
カラコロカラドー由来と素性、
「どうせすかい、旦那さん」富雄がK氏に手箸でひらつかせた。
「豆腐屋がトウフもアブラゲも用意せず、カラコロドーを売りに来るとは。予想だにしなかった。この世の終わりが今日始まった」
何かを買わなければ夕餉の卓に食い物がない。食うものの皆無の食卓、これをして北朝鮮化と多くがのべる。でも儂はそれを望まぬぞ、気を取り戻し確かめ口調の言い振りが、
「コロはカラコロだと、でもオカラコロッケ。ならばカラ国、支那のコロッケ、支那コロナでは無いのだな。支那コロナにあらずばそれは高温の油でオカラを揚げ、含まれる支那コロナを絶滅させたのだな。そのシナコロッケであれば所望いたすぞ」
「ハッハー、コロナ禍でもで売り切った」
Kは奥さんと1のコロッケとわずかなオカラを分かち合う晩餐となった。
「あなた、コロッケを半分頂きましたが、それなりに美味しかった」
「50円の味だな。それにしても....」
「ナンですの」
「カラコロを売りつけるトウフ移動販売車は詐欺だ」
♪千早ふる神代も聞かず龍田川カラくれないに水くくるとは♪(在原業平、古今集)
正統な解釈は岩波古典体系とかネットとかで調べてください。部族民の心に残る異端、しかしとっても斬新な解釈は、
龍田川は関取、このところ負けが込み苦しい。チハヤ(常磐津師匠)に振られた、カミヨ(割烹仲居)に言い寄ったが聞いてくれない。食うに困って豆腐屋に飛び込んで、カラをくれと乞う。主人は「豆腐を買う人にはタダで分ける、お前は豆腐を買わないからやれない」カラくれない空腹から水に飛び込んだ。
昔からカラはタダだった。しかしこのタダとは豆腐を求めた客のみにタダ。この近代的経済原則が古今集の昔、平安時代からあったと業平が教えている。
小さん師匠(先代)の十八番だった。 了
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