部族民通信ホームページ   投稿2023é年10月15日  開設元年6月10日
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神話学「生と調理」(Mythologique Le Cru et le Cuit) 1 Ouverutre 序曲  
 

クロードレヴィストロース
仏翰林院委員
フランス学院教授
(Chair College de France)
1909~2009年 
 

神話学「生と調理」(Mythologique Le Cru et le Cuit) は神話学シリーズ全4巻の初巻本として1964Plon社から刊行された。全402頁、187に及ぶ南アメリカ先住民の神話を掲載、世界創造から始まる彼らの宇宙観、文化論を解析している。

紹介するのは 序曲 主題と変異 第一部良き作法のソナタ、小交響曲 に限りました。これで152頁。この後は5音のフーガ、アルマジロのカンタータ、宇宙平均律など音楽に関係する魅力的な章名が続くが、物理的(能力的)に立ち入れない。

生と調理 1  Ouverture序曲

構成;1 神話は経験感覚を現す言葉で語られる、それがもたらす伝えかけは何か

2 神話を解釈するに分解はふさわしくない、統合である

3 構造主義は « épistémologie » 認識論

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Description générée automatiquement本章の冒頭、第一文

 « Le but de ce livre est de montrer comment des catégories empiriques, cru et cuit, frais et pourri…peuvent servir d’outils conceptuels pour dégager des notions abstraites… » (9)

; 生や調理、新鮮と腐敗など、経験を通して分別する官能則が、如何にして概念的、抽象思考を表出し、それらを整理し正しい位置に置いているかを証明する。

最初の一行が本書最終文と重なり合う、その文は; « La structure feuilletée du mythe permet de voir une matrice de significations rangées en lignes et en colonneslunique réponse que suggère ce livre est que les mythes signifient lesprit »  訳 : 神話が重層している構造に目を向けると、横糸と縦糸の「意味付け」の母型が織り込まれていると気付いた。それは伝播するにつれ変容し、他の神話の骨格に再形成される。この仕組みとは「神話は精神を現す」を唯一の答とする(本書346) 。

巻頭と巻末を読み合わせると ; 神話は分かりやすい言葉で語られる、そこに「精神」が宿る。神話が伝播するとはその「精神」が生育する過程と読める。発生と伝播のこの様をレヴィストロースの構造主義による解析の手法が記述される。経験則で語られる「精神」が地域、時間を越えて伝播する。基準神話、M1(ボロロ族伝承、火と水の取得)がいかに南米マトグロッソからアマゾニア諸部族、さらには北米プレーンズプレーリーのアメランディアン(新大陸先住民)に伝播、浸透していったか仕掛けを説明する流れと読める。











 

本書、写真は食卓に皿とナイフ・フォークを並べた。しかしよく見るとナイフフォークの位置は左右逆。発見した女子学生の指摘に
レヴィストロースは「バレちゃった」大笑いしたとか。
   

« l’étude de mythe pose un problème méthodologique, elle ne peut se conformer au principe cartésien de deviser la difficulté en autant de parties qu’il est requis pour la résoudre. Il n’existe pas de terme véritable à l’analyse mythique, pas d’unité secrète qu’on puisse saisir au bout du travail de décomposition… » (P13)

神話の研究には方法論での問題がつきまとう。その解明のために構成する要素を部分ごと抜き出し分解するデカルト的方法はそぐわない。神話を「分解」するを通したところで解決につながる隠れるの部分に到達できない。
(このあと
une forme synthétique au mythe (神話の統合的形態) le mythe est ana-clastique(神話は分解できない)など表現が出てくる、これらは神話研究での「分解」を戒め、統合するべきと諭している)

 « des filaments épars se soudent, des lacunes se comblent, des connections sétablissent, quelque chose qui ressemble un ordre transparait derrière le chaos » (P11)拙訳;(目をこらすと)離ればなれの微かな光芒が寄り集まり、間隙は埋まりそれぞれに繋がりがうち立てられ、混乱の背景に秩序がなにやら見えてくる。

星雲を眺めて宇宙の秩序を覚えると同じとレヴィストロースが教えていると理解する。食事作法の起源(神話学第3巻)188頁に神話研究の手法として一時(1920年代)もてはやされた「フィンランド学派」を批判するくだりがある。同学派の諸学は語り筋に含まれる要素(登場する人物、動物)を羅列し、どの神話が多く(少なく)それら要素を取り込んでいるかを数え、神話を創成した核となる民族を類推する。伝播を経るにつれ要素数は減るから、少なければ誕生した核から遠方民族と決めつけた。語族の形成、民族の移動とも結びつけた(インドアーリア語族と民族)。

この手法の問題は要素(レヴィストロースは « propriétés » 性格、登場人物が予め具有する特性、としている)が物語の筋から分離されてしまううえ、全く別の事柄(言語、地域など)との紐づけを強制され、肝心の神話筋立てと分離されてしまう。(このあと広く人口に膾炙される « Le savant n’est pas l’homme qui fournit les vraies réponses ; c’est lui qui pose les vraies questions 15» 学究は正しい答えを与える者ではない、彼は正しい問を質すのだー名文句が出現します。歴史神話学の問題を質した、答えを考えるのは君たちと言っている)

 « A partir de l’expérience ethnographique, il sagit de dresser un inventaire des enceintes mentales, de réduire des donnés apparemment arbitraires à un ordre, de rejoindre un niveau où une nécessité se relève, immanente aux illusions de la liberté » 18頁)民族誌学の経験から始まって、精神に孕む目録を立ち上げる、明らかに無秩序と見える事柄をあぶり出し、一種の必要性が起動する基準に紐付けする。その必要性とは(事柄、données)内部にもともと備わり、自由であると見えてしまう内なる幻想とも言える。

皆様には難解なフランス語を経ちどころに理解する達人が多数かと存じます。 « A partir… » 以下の文は簡潔で文脈も乱れていない。そして意味が理解できない。直訳すると「クセジュ文庫」訳わからないの換喩、してしまう。この段は「生と調理」さらに構造神話学で展開している認識論を理解する鍵となるので ; 取りまとめるコツは文言を「mentalité秩序=idée思考」側と「arbitraire勝って気まま、不定形=あるがままに見える形forme」側とに区別する。そしてun niveau「基準」は研究者(レヴィストロース)が定めようとする「目標」とみよう、これは秩序側。une nécessité「必要性」はその基準を示してくれる何らかの要素、同じく秩序側。神話に喩えれば素材、登場人物など。神話群がある筋に収斂する事情かと探りを入れる。一方で « illusions, liberté » arbitraire勝って気まま側。

この組分けで意訳する ;「民族誌学の報告譚から始まる。それら資料は整理されていない。ということは(神話の出来事が)arbitraire(気まま)に思えてしまう。そこに「精神が持つ」参照例を立ち上げ気ままを秩序に整理する。筋道のあるべき姿(これらがune nécessité)を順番に沿って整理すれば(réduire des donnes à un ordre)、事柄を秩序に沿ってならべ、ある目標(un niveau)向かわせる。一次資料の混乱が解決される。すなわちあるがままに纏めている報告(民族誌)から秩序、基準、思想を探り出すのだと曰う。構造主義の « épistémologique » 認識論を解説する一文と理解したい。

同じ論調が続きます :

 « Derrière la contingence superficielle et la diversité incohérente, semblait-il des règles de mariage, dans les structures élémentaires de la parente, un petit nombre de principes simples, au premier abord absurdes, étaient ramenées à un système signifiant » ()
結婚制度を採ると、一見して
absurde不条理にも見える表層、それぞれが分断している多様性を認める。実はこれらが単純で1~2程度の原理で、意味のある体系を形成していると気づく。「親族の基本構造」(レヴィストロース著)が明らかにした事実が、表層まとまりのない拡散現象の背後に原理が隠されるのだ。
(親族の基本構造は
1947年初版、で先住民の多様な婚姻形体は2の原理、限定交換、一般化交換の原理に収斂し、それら原理も「交換」という人社会の思想に統合されるーを説明した)















 

フィンランド学派(歴史神話学)
神話の登場人物、動物などの
構成要素を分解して、要素間の
連関の
濃い物語が「原典」、

伝播派生するほど登場要素も
減り、連関性が弱くなる。インドヨー
ロッパ語族の歴史再現が
目的(図は食事作法の起源
から)。

 3分節で語られる言語、単語、文節、文章に分け
られる。単語が基礎的意味を持ち、文節が符丁を展開し、文章は伝えかけを担う。音楽では
音、メロディー、曲の3分節。それぞれ響
き、Code,曲想を発する。神話にもこのxiomesが存在する。それは登場人物、符丁進行、構想となります。
 

次の文節 ;  « plus décisive sera donc l’expérience que nous entreprenons sur la mythologie. Celle-ci n’a pas de fonction pratique évidente ; à l’envers des phénomènes précédemment examinés, elle n’est pas en prise directe sur une réalité différente… »

拙訳:神話学における「経験」、その報告はより断定的である。なぜなら、神話は明確な具体的機能を持たない。前出(社会への関与が直接的なイトコ婚への分析)とは異なり、神話は現実(神話世界とは異なる)に立脚していないから。(18頁)

殿軍にカントを引用している(ouverture P18~19)

 « En se laissant guider par la recherche des contraintes mentales, notre problématique rejoint celle du kantisme, bien que nous cheminions sur d'autres vois qui ne conduise pas aux mêmes conclusions. L’ethnologue ne se sent pas obligé, comme le philosophe, à prendre pour principe de réflexion les conditions d'exercice de sa propre pensée, ou d'une science qui est celle de sa société et de son temps, afin d'étendre ces constatations locales, à un entendement dont l'universalité ne pourra être hypothétique et virtuelle » (同)
精神の基準を調べるままに進めていくと、我々の問題点はカント主義にたどり着く。もちろん道のりは異なるし、カントに同じ結論にたどり着かない。民族学者は
(レヴィストロース自身)は、哲学者(カント)と異なり、省察の原則として彼自身の思想の実証条件を採り込む事などは強制されない。別の言い方では、(民族学者の)省察とは、その社会その時代の科学の省察なのであって、地域限定的な実証を仮説でも模擬でもない、ある思考方向に広げようとしているのである。

この文も難解です。言葉を順次に紐解くと : 精神の強制 « contraintes mentales » は精神の基準、精神のあるべき様、神話を形成する精神のあり様の意味と採る。ここに強制が感じられる、それはどの民族でも同じに被るから、思想において神話が似通う源泉を仄めかす。哲学と民族学の違いは、哲学は思想の原理を打ち立て、それを出発点として森羅を語る。これが « à prendre pour principe de réflexion… » の意味。民族学は時代に立脚した科学の立場から、仮説でも模擬 « virtuelle » でもない普遍性を得るための省察をもっぱらとする。

レヴィストロースが語る「構造主義とは « épistémologie » 認識論である」(神話学最終巻の裸の男のフィナーレから)を力説する文です。

« il y a dans les mythes le système des axiomes définissant le meilleur code possible, capable de donner une signification commune à des élaborations inconscientes de l’esprit, de sociétés et de cultures » (生と調理20頁)訳;すべての神話は公理システムを具有する。公理が神話の最も確かな筋立て(code)を決めていき、精神と、社会文化との無自覚ながらの(筋道を)推敲する意味合いを共有させている。

上文は「神話とは自明の理に統制され、正しい形で意志(思想)を伝達する語り」の意味合いになる。一聴は荒唐無稽でも「知に統制され規則性を持ち、思想を伝達する手段」と読める。更に ; « les mythes se pensent dans les hommes, à leur insu » « les mythes se pensent entre eux » 神話は人の知らぬ間に人の中に入って考えている、神話は互いに考えている(いずれも20)

音楽では和声(code)が楽曲雰囲気を表現する、神話でcode(符丁と訳す)は、訴えかける思想(schèmeスキーム、メッセージ)は何かを導く筋立てとなります。

従来の神話学での解析手法は神話要素(人物、背景、筋立て)を分解し、それらを比較し「かなり似ている、あまり似てない、筋立ての起源はこちら、あちらに伝播」などと論じていた。民族移動、言語の「語族」と対照させる為の研究である。神話の奥に潜む思想への言及は無かった。以上が神話の性状。

以下は形状となります;「分節articulation」に論を進めます。言語、音楽と同様に3の「発展する分節」で神話身体は形成される、レヴィストロースは語ります。

Robertarticulationを調べると1義は手足の間接、2義に « action de prononcer distinctement les différents sonsprononciations » 異なる音(おん)を明瞭に区切って発声、発音するとある。尊師はこの語に「分節の区切りが意味合いの区切り」の意を付加し、言語学を超える概念を吹き込んでいます。  神話の語り口は3段階のarticulations分節を経る。3分節にたくして思考(メッセージ、訴えかけ)が表現される 。言葉を例にして分節を説明すると ;

第一段はéléments mythiques神話要素

人物、動植物、自然、天体現象など。個々の単位に分解できる登場人物(動物、モノ)です。意味を持つpropriétés=所有物、属性が付与される。聴衆はその人物名を聞いておおよそ善悪、好悪を判断ができる。その性格はステレオタイプ、南米神話で主人公は誘惑に身をゆだねる、冒険の後に文化、社会を創造する。女は大食い、独り占めなどの色づけがある。

2段目文節を状景=séquenceと呼ぶ。場です、対峙する思想はcode符丁、音楽に例えると曲の雰囲気を醸し出す。神話では語り口の底流を形成する。例えば女のやりとりを経由して同盟を結ぶ相手(filial)との筋。嫁を取る側は出す側に負債(婿労役prestation)を背負うが、しきたりを守らない相手に対抗するなど頻繁に繰り返される筋立てをcode進行 (codage)とする。これは社会制度にまつわる軋轢なのでcode social(社会的符号)となります。

神話の例として妹の嫁ぎ先に村におもむき、遣い(甥、妹の弟)を通しブタのあばら肉を所望しても鳥の足一本で追い返したため、野ブタに化けされた嫁もらい手村落員。聞き手は人物など要素の性格(propriétés)を承知した上で、筋立てséquenceに耳を傾け、何が続くかに推量が及びます。

 
   

3の分節、troisième articulationは;armature(骨格)と規定されます。物語を貫く思想がここに表される。火の創造、水の起源、女の文化排除、または取り込みなどが神話の全容armatureから浮き上がります。以上が構造神話学としての神話の身体形状です。神話と音楽が表現として似通う分析を以下に続けます。

その1 神話では感性的(empirique)言い回しを通して観念的(conceptuel)理解に結びつけている(前回)。生は臭み、腐敗と繋がり非文明、未開の象徴。自然が豊饒を与えると、人は過食にいたる。非道徳(近親相姦、親殺し)の猖獗。これらを自然、非文化として観念化している。音楽も同様表現の形式であるとしている。(本書の別頁で)彼は音楽の表現は「métaphore=隠喩」を基盤としているとした。

 « on pourrait dire que la musique reconnait aux sons des propriétés physiques» 訳:音楽は音を通して実体propriétés=特性=を表現している(隠喩法、30頁)神話も概念を使い実体を隠喩しているとレヴィストロースは主張する。

その2 時間進行とばらつき。

 « l’ordre de présentation ne pouvait être linéaire, phases ne se liaient pas entre elles sous le simple rapport de l’avant et de l’après » 表現は直線的に進行するわけでないし、文節が互いに前後の関係でつながる事でもない(22頁)。これが神話と音楽に共通の時間の取り方だという。

言語では語りの流れは物事の進行と重なる。経時を原則とした表現である。神話は言葉を用いるが、経時の取り方で言語と異なり、音楽の進行の様に近似するとレヴィストロースは伝える。

音楽では主題メロディが思わぬ展開で再出現することに驚く。そのメロディも分断され一部のみが顔をだし、それでも主題の一部かと聞き分けられる。続く筈の旋律を待つうちに、リズムが変わり、時には調を変化してから待ち望む残りが出てくる。音楽はそもそも時間の経過を自在に扱う。神話、特に口承の語り話しで登場する人物、動物、天変などが自由に変化するが、属性(propriétés)や進行の形態(codage)は変わらないし、変わる場合もある。音楽と神話は経時の組み立てが自由闊達と指摘する。なるほど。

その3 文節(articulation3段階での神話と音楽の相似これは前述した。

小筆なりの結語:神話と音楽の共通性。3分節、最小の単位からして属性を具有する。隠喩、経時性の自由度、最終分節で主張を締結。

神話が語られる場面を悲しき熱帯Les Tristes Tropiquesの一節を引用します;

日が暮れてレヴィストロース一行は男屋に間借りします。聞こえてくるのは女の泣き、夫5人に次々を先立たれ近隣に食を乞う辛さを「あの頃はマニオック、肉も魚も不足していなかった」落ちぶれた今の様を幾時間も語りに嘆いている。寡婦の夜泣きが終わり夜も更けて歌が聞こえ始めた。

« Des chants se modulaient au-dehors dans une langue basse, sonore et gutturale aux articulations frappées. Seul les hommes chantent; et leur unisson, les mélodies simples et cent fois répétées, l'opposition entre des solos et des ensembles, le style male et tragique, évoquent les chœurs guerriers de quelque Mannerbund germanique »

外から歌が聞こえた、しわがれの男声は低く調子でよく響く。男だけが歌う、抑揚をつけ跳ねる文節。単純な旋律は幾度も繰り返される。ソロの歌声を合唱が追いかける。男の悲劇を語っているのか、古代ゲルマンの男組
Mannerbund戦士の心理が彷彿とする。

伴奏は木管とマラカスのみ、歌が止まる間にはマラカスの切りの良い拍子、音声の沈黙の合間に悪魔の声が聞こえてくるほどとサレジオ会神父の報告もある。毎晩、歌は夜明けまで続く。男達が眠るのは明け方だ。歌の内容とは祈りと物語、かく神話は語られ伝播してゆくとレヴィストロースは知った。(悲しき熱帯252頁)以上が序曲の内容。

生と調理Ouverture序曲  神話の形式  の了 (2023930日)











 

文中のMannerbubdは
ゲルマンの兵士、南米先住民の
男組(男屋に居住する成年
男子)と比較した(写真はネット)。
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