| 部族民通信ホームページ 投稿2023é年10月15日 開設元年6月10日 |
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レヴィストロース « Mythologique » 神話学第三巻 食事作法の起源L’Origine des manière de table 2 麗しのアサワコ |
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M354モンマネキ第5話 人の女との同盟 インコの妻を追ってインコ村に定着したモンマネキは、人に戻って元の村で生活している。不整合の感ではありますが、破廉恥の筋立ては神話の特徴です。川には魚が溢れている。モンマネキは漁労を知らない。妻に迎えた女は漁獲にたけて毎日いそしみ、成果はかならず大漁。しかし奇怪な漁方だった。 身体が上下分離式で、下半身から抜けた上半身は勝手に水面を動き回る。下半身は岸辺に置いて股間から経血を垂れ流す(本文に経血の記載はないが小筆が類推)。流れに漂う血の臭いにピラニアがおびき出され、水面に浮かぶ。上半身がそれを手づかみですくい上げる。普通の人がこんな漁法を実行したら、肉食ピラニアに下半身が囓られてしまう。しかし彼女は上半身が水面に浮くだけで安全、心置きなくピラニアを捕る。両半身の分離特技を生かした魚獲である。 モンマネキに食料を安定供給するこの漁法、しかし預言者の姑老婆に否定された。食事作法に叶わないから; 1 女が魚を捕るとは文化しきたりへの反則である。 2 経血とはそれ自体が禁忌、まき餌にするは食事作法の違反(間接で経血を食す)。 3 周期性のない(垂れ流し)月経は非文化である。 文化視点から女の体を張った自然漁法を否定したのだ。文化を預言するのは老婆ながらの決意である。 上1の「女の漁獲」が文化の規則に違反する根拠はなにか。 話を狩猟に限定しよう。女は狩猟してはならないとの不文律、これが新大陸のみならず旧大陸でも広がっている。女は農作業に専念し、獲物は昆虫、せいぜい小動物の(狩りとはいえない)採取と決まっている。「弓矢を携え」狩りに出るのは男。狩りと弓矢は火と同レベルの基本の「文化」である。それらを獲得(ジャガーから譲り受けた)した時に、弓矢の用途も火の担い手も決まった。男の狩りに対し女はカマド火を守り調理をになう。詳しくは「女狩人はなぜいない」に移動クリック。 Tukana族の住むアマゾニアは漁労が中心。狩猟を漁労に置き換えれば役割分担の理由は明白、女が魚を捕れない理由に見当がつく。年に一回、男女総出の毒流し漁において毒を流す役割は男、女は下流に控え「魚をすくう」のみ。日本でも分担は、男の漁師に対して女はアワビなどの採取、と決まっている。青木繁は名作「海の幸」(重要文化財)で漁師を男の列として画いた。この説をアラカルトに述べたクリック。 ヒトもどきの嫁の結末は; 大漁が続く嫁に不信を抱いた姑はひそかに後を追い、上下分離式の肉体秘密を嗅ぎつけ、再合体を不可能にする策略を仕掛けた。女が岸に上がっても下半身が消えていた。上体のみでうろつく恥を忍ばず出奔し、またも離婚に至った。もしモンマネキに文化伝道の預言者祖母がいなかったら、この世は人獣混淆か分割垂れ流し女のカオス世界になってしまった。 女はモンマネキの背に取り付き散々嫌がらせを弄する。「背取り付き」が「うろつくがん首」の神話群につながる。こちらは別投稿で。 モンマネキは正しい同盟相手を求めてカヌー(pirogue)で川を下る。川下り嫁探しの主題がアサワコ神話につながる。 「川下り嫁探し」はアマゾン上流Tukuna族から下流Arawak族にいたる流域に広く伝わる神話要素です。オリノコ河流域に居住するWarrau族はArawakに隣接する。そのWarrauが伝える嫁探し「麗しのアサワコhistoire de la belle Assawako」M406(111頁)はモンマネキ神話M354の後日譚であります。 M406 Warrau族 麗しのアサワコhistoire de la belle Assawako; 主人公Waiamariは訳あって叔父宅に寄寓する。叔父は幾人かの嫁を持つ。若い嫁が水浴びの最中にWai…に水を掛けた、水掛は女からのあからさまな誘い(「蜜から灰へ」で蜜蜂化身Simoが義妹に思わせぶりに水を浴びせられた)。Waiamarは「Inceste ! honte sur toi近親姦だ、己の恥をしれ」ときっぱりはねのけた。しかし叔父宅にこのまま居てはさらに迫られると別の叔父(Okohi)宅に移る。 同居していた叔父はWaiamarの行動を怪しみ、讒言もあって先に妻を誘惑したと決めつけた。引っ越し先に来ては闘いを売りつけた。そのたびに叔父がWaiamairiの背をとる(勝つ) 。レスリングで年長者を破るが通過儀礼進展一コマですが、叔父は本気を出してWaiamariを破り壮丁組入りを妨害する。甥の社会位置の確立に手を貸さない。(111頁) あるいは彼が後腐れを怖れ、手加減したのかもしれない。後の段で「どんな女もなびく」壮健な若者らしき記述があるから、年長者に負ける道理がないと小筆が推測した。Okohiが仲介に入り、Waiamairiに旅をさせる(儀礼通過のやり方を変える)。 解説;Warrau族は母方居住。Waiamariは成人儀礼の前なので母方の居宅に住む。叔父は彼の母の姉妹の夫と推定できる、居宅に「夜にのみ通う」別支族の男であろう。いずれ彼と、成人通過儀礼後には、対抗する事になる。 儀礼の前、言い寄ってきた叔母をはねのけた言い様は « Inceste ! » 近親姦。そして次の一文は « Ce départ éveilla les soupçons du premier oncle qui l’accusa d’avoir voulu séduire SA PROPRE TANTE »突然の出立が初めの叔父に疑念を湧かせた、Wai..がやはり実の叔母を誘惑したかったのだと。ここに証拠が読める。 (PROPREを大文字にしました。この語を名詞の前に置くと「己の」所有を表します。Mes propres yeux は己の目で、「私の清潔な目」を伝えたいならmes yeux propresとする) 読者はここでM1(第一巻、生と調理の最初の神話、Bororo族)を思い起こす筈です。実の母と姦(上下婚オヤコタワケ)を犯し父に捨てられたバイトゴゴの罪状です。近親姦と併せ通過儀礼を筋道の発端としている点からして、このM401はM1の伝播でもあります。一方でM401には洪水、文化創成はありませんがカヌーで川下り、嫁探しのモンマネキの主題がここに引き継がれている。 (Warrau、Tukuna、Bororo族の居住地は図を参照) Waiamariの儀礼の旅とは(親切な同じ支族の)叔父Okohiとのカヌー行。 オリノコを下ります。舳先にWai.. 艫に叔父の配列は身分の上下からしての位置取り。程なくしてアサワコAssawakoの住む岸辺に着く。彼女を形容するに原文はla belle et sage(美しく賢く)を用いている。美しい上に(賢いから)しとやかで男を立てる、それを「麗し」と訳した。 渋谷に訪ね跋扈ガングロの跳梁におののいた平成はさておいて、令和の今の帝都にて帝都電鉄で上って新宿で、アサワコ麗しに遭遇するは難しき。 « Celle-ci les reçut gracieusement et pria l’oncle de laisser son neveu l’accompagner aux champs…Assawako dit au jeune homme de se reposer pendant qu’elle irait chercher de quoi manger » 拙訳;アサワコは二人をおおらかに受け入れた。叔父に「野に出ますのよ、甥ごさんをお借りしてよろしいでしょうか」と頼んだ。森に入ってアサワコは「 ちょっとした食べる物を見つけてくるからここに休んでいて」一人奥に入った。De quoi mangerはフランス人が昼食を摂るさいに用いる「何とか口に入る」粗末な食い物。それを食すcasser la crouteパン皮を壊す、と組になる。 持ち帰った「ちょっとした物」とは « Elle revient bientôt avec des bananes-légumes et des ananas, une grosse botte de canne a sucre… » バナナ、パイナップル、サトウキビ、スイカ、ピーマンなど。両手に一杯抱えていた。アサワコは謙遜したのだ。帰り道に彼女は尋ねる「あなたってきっと、素適な狩人なのよね」(=elle demanda s’il était bon chasseur)。狩人のbon(良い)を素適とするは、手練れ狩人はたっぷり肉を持ち帰る。実利をして「素適」とした。 「ここで待っていて」も告げずWai...は道を外れ森に入った。 « Il s’éloigna sans mot dire et la rejoignit presque aussitôt avec une pleine charge de viande de tatou. Elle était fière de lui, comme il convient à une femme, elle reprit sa place en arrière » 訳;一言も発せずワサワコを離れ、そして立ち戻った。手にはアルマジロ肉をたっぷりと抱えて。アサワコはすっかりWai..に魅せられて、その位置が慕う女性に心地よい男の後ろ背に身を寄せた。 « Quand ils furent presque arrivés, elle promit qu’on trouverait de quoi boire dans la hutte et s’informa s’il savait jouer d’un certain instrument de musique. Un petit peu, répondit le garçon. Il joua d’une façon merveilleuse. Ils passèrent la nuit en tendres ébats » 帰りの道はもうすぐ終わる。 村を前にしてアサワコはWai..に小屋には飲み物があるのよ(寄ってかない)。あなた、何か楽器が弾けるのかしら。するとWai..は「ちょっとだけ」と答えた。いざ手に取ると、彼はすばらしい奏者であった。かく二人はその夜を甘いébatsに過ごした。 叔父が気を効かせとっくの前に納屋奥に身を引いた。甘い飲み物(hydromel蜂蜜酒だねキット)に二人は酔い、もっと甘い楽器の調べにうっとり女が聞き惚れて、奏でる男がクレッシエンドで迫る。半日が一夜、二人重なる楽しみは三度か四度か(原典に回数は書いていないけど)迎える終幕の « Ébats » とは何か。辞書では気晴らし楽しみとある(スタンダード)。少し踏み込もう、ébats amoureux (愛の楽しみ) なる語を発見した。その具体意味はactivités érotiques(エロチックな様々な活動、Robert)とある。睦み合いが訳語になるか。必ず複数形で用いる仕組みは、手を変え技なんかも添えながら動きは緩から急に、いろんな複雑運動での対決を暗に表す。 南米先住民の楽器とは、若者が娘に求愛する道具である。通過儀礼を前に若者は楽器の修得に余念がない。(蜜から灰への一神話M241Warrau族、でカエルに成長を促進されたハブリが楽器を奏で、知らずの母が恋心を抱く下りがある)。Wai...は通過儀礼の最終段階、ともあれば楽器演奏にも通じている。その腕前の甘さ加え年頃の女が逃さない男前、すり寄るアサワコを腕にして、超絶技法の手練れぶり、幾度たりとも惜しまない、成人式明けは腕前の初のお披露めだった。惚れ直し、アサワコ究極手だてのEbatsに挑めば耽溺二人のamours(愛)の交歓。 しかし愛は成就しなかった。Waiamari...は « Je ne puis pas abandonner mon oncle. Il a toujours été bon pour moi » 叔父を捨てる訳にはいかない、彼はいつも私をよくしてくれたとアサワコに告げる。 « La jeune femme fondit en larmes, lui aussi était triste » 新妻は目に涙を溜め悲しむも、彼だって悲しかった。Wai...がとどまれば叔父は一人にしてカヌーで川を遡る事になる。叔父一人戻りで遡りさせるとは、叔父を捨てると同じである。一人でカヌーは操れない、モンマネキが転覆した理由も舳先に助手なしだったから。 これら神話背景をレヴィストロースは「流れるまま下流に伴侶を求める行為は、同盟(姻戚関係)を築くには遠すぎる」との先住民の教えであるとする。 同盟を確立するには周期性(périodicité)を持たなければならない。遠くてはこの周期交流が難しい。若者が遠方娘と恋に落ちる、こんな恋愛は起こりうるが一過性で終わる。そのうえ貴重な資源(若者)が再生産活動から脱落する。社会維持に反する色恋と糾弾されるかもしれない。周期性が前提の同盟の確立にWai..が思いをはかれば、アサワコ村に居残る選択は誤りである。 涙ながらに別れた二人。オリノコの上流男と下流娘の遠すぎた同盟は成立しなかった。 麗しのアサワコ 了 (2023年9月30日) |
カヌーの旅、艫と舳先に 漕手を配する。メキシコ Tikal族の墓から出土。 本書挿絵 |
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