部族民通信ホームページ   投稿2023é年10月15日  開設元年6月10日
主宰蕃神(ハカミ)義男        部族民通信  ホームページに 人類学のページに    
Le rôle du philosophe 哲学者の役割 (Le Magazine Littéraire 198512月号より)  
   

哲学者の役割

2023913日)レヴィストロースが表題についてインタビューを受け、回答をまとめた雑誌の記事。内容がいたく興味深く紹介する。(年月は少々古いが科学史、哲学史、野生の思考との絡まりが記されている。レヴィストロースの現代認識を読める)

(御歳76、現役は退いていたがかくしゃく論理整然)科学全盛の今の時代、哲学の存在価値をレヴィストロースが述べている。「哲学が廃れたのは一時の(アンチ科学の)哲学がもてはやされたからだ。今こそ、科学分野での知見を取り入れ、新たな役割を担うべき」が趣旨。

出だしは:La  philosophie, son rapport avec les sciencesla question m'apparaît fondamentale, et pourtant je me trouve bien embarrassé pour en parler. Il y a chez moi trop d'aspects biographiques qui interfèrent avec elle. Ainsi le fait que j'ai été professeur de philosophie et que je me suis dégoûté de sa pratique parce que, à l'époque, les choix se limitaient à trois orientations dont aucune ne convenait vraiment »

哲学、科学との関係、私には根源的な質問となる。それを語るに戸惑いを覚える。哲学との関わり合いは私の人生そのものでもある。関わり合いを第一期、二期に分けている。一期は(文脈から類推するに)哲学教授資格agrégationを取得した(193122)から南米先住民の調査、アメリカ亡命をへて帰国まで(1945年)。この時期の姿勢は; « je me suis dégouté de sa pratique, parce que les choix se limitaient à trois directions »






 記事中のレヴィストロース
 近代科学の黎明期には哲学は理論構築の土台として役割を果たしている。20世紀の急速な科学進歩に哲学は為すすべもなく外部に置かれていた。科学の成果matériau を形而上に昇華させ無ければ哲学は生き残るれない。   

あの時期には哲学には3の選択しか採れなかった。

 « philosophie fixée sur des abstractions, une autre fixée sur moi et l’expérience intime, ou bien une troisième, une vaste expérience humaine et en fait la mutilait »

1 抽象観念を弄ぶ哲学に携わる(哲学者の道、カッコは訳者)

2 自身の内面から思考する道(思索家の方向)

3 人間として幅広く経験を得る、しかし哲学実践を台無しにしてしまう。

この選択は実業家政治家となって幅広く社会で活躍する道だろうか。実際、彼は政治家を志した。議員に当選しいずれ大臣を目指す同僚を羨む気持ちを隠していない(悲しき熱帯)。3のいずれも選ばず民族学を指向してサンパウロ大学社会学教授の席を得た。悲しき熱帯の「旅の始まり章」に詳しい。

第二期を, 亡命から戻って、戦後の活動期とすれば1947年(親族の基本構造)~70年(神話4部作の最終裸の男homme nu出版)23年の間である。何が起こったのか。

   « j’ai traversé une seconde période, que je qualifierai de résistance à la philosophie lors de l’existentialisme » 2期に入った。それは実存主義が勃興した、その反抗であった。

 « j’ai adopté une attitude polémique vis-à-vis de ses conceptions parce que j’estimais qu’elles étaient une manière de poser les problèmes qui tournait trop radicalement le dos à la scientifique »

訳;(前文:サルトルの考え方には尊敬と敬服>を抱くものの)彼の考えを前にすると論争の姿勢をとってしまう。なぜなら、それら考えは科学的思考にたいして、突如、背を向けてしまう大問題を提起していたのだから。

なぜ実存主義が反科学となるのか。その思想に由来する。「存在は思考に先立つ、思考は存在に規定される」、存在を経験して人は思考を形成でき、自由を獲得する。突き詰めると人の知は世界(存在)に規定される。この仕組では人は世界(自然科学も人文科学も)を学べない。

この記事の主題副題の3題のうち2題、それが「哲学者の選択、実存主義への反発」が前段として記されている。彼は「私は抽象論に立脚する哲学者ではない」「実存主義が哲学と科学の関係を破壊した」これらが前段の伝えかけ。

ここから「哲学者の役割」本論に入る。

 « Je conviens qu'elle fut l'attitude d'un moment, mais je persiste à penser qu’elle a été nécessaire. Je crois convenable que la philosophie retrouve un rôle et une place, à condition qu’elle accepte de prendre en compte ce qui est obtenu, et dans les sciences physiques, et dans les sciences naturelles, et dans les sciences humaines » 実存主義への論戦(elleattitude polémique)は一時の対応だと思う。でもその姿勢は必要だった。今に至り、哲学は役割と居場所を見つけられる。その条件は物理学、自然科学、人文科学で、この間、何が取得されたか、知識に入れる必要がある。

 
 

ここで、

レヴィストロースは科学が獲得した何か(ce)を単数にしている。その主体である物理学も自然科学複数である。色々な科学が何か一つのモノを獲得したとしている。

Le rôle du philosophe 哲学者の役割 (Le Magazine Littéraire 198512月号より)上 了

 

Le rôle du philosophe 哲学者の役割 (Le Magazine Littéraire 198512月号より)下

 « Car, aussi en avance que soit la réflexion scientifique sur la réflexion philosophique traditionnelle, à chaque pas elle nous pose de gigantesques problèmes, d'immenses interrogations, et nous ne pouvons évidemment pas nous croiser les bras en espérant que cela se résoudra tout seul » なぜなら、自然科学の省察と伝統的哲学の思考を重ね比べる前に、哲学の思考は巨魁なる問題と責め苦を我々に持ち込んでいる。我々はそんな問題などは自然と解決すると思い込んで、腕組み油断して、歩みを止めはならないのだ。

伝統哲学が、今に孕む問題と質問責めの巨魁さとは何かを語らない。この当時(1985年)そのような論議が公に交わされていたかと思う。それが何かは想像するしかない。前引用で幾つもの自然科学はある一つの成果を獲得した。そして哲学が孕む巨魁な問題は複数、対比するとレヴィストロースの心情が理解できる。

物理学、自然科学、人文科学で「何が取得されたのか」を哲学が知らねばならぬ、心情理解の鍵はここにある。

20世紀の自然科学成果は何か?宇宙論、分子生物学でしょうか。アインシュタインの相対性理論、クリックらのDNA二重螺旋の発見を(部族民は)想定します。では人文科学ではどの分野が「その何か」を獲得したのか。フロイトの精神二重構造か、ここでは割り切って「構造主義」としましょう。なぜって本人が喋っているから。しかし構造主義が20世紀の大発見と大見得を切るわけにはいきません。彼は慎み深い « discret » なので。

ここまでの流れを意訳する ;

 
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 文中20世紀の偉大な発見を相対性原理、DNA二重螺旋とした。これらを資料にして新たな哲学を生み出すーレヴィストロースの結語だが、どうやって?が残る。哲学の原点演繹と帰納、分解と統合に戻れと示唆している。彼の後代、ポスト構造主義者らの個別と直観とは異なる気がしてならない(蕃神)

哲学教授だったが人類学を志向した。哲学が実存主義で袋小路にさまよい込んだ、サルトル批判を展開した。しかし科学は発展を続け哲学は停滞するままだ。抜け出る可能性は :

1 (デカルト・カントを超える)哲学理論を打ち出す。それは相対性理論やDNAを裏打ちする形而上展開です。なぜ異なる場で個別の現象に相対性があるのか、4の塩基が2002000に螺旋に二重絡みすると無限の遺伝可能性が生まれるのかー形而上での根拠です。

2 野生の思考(Pensée Sauvage) で近代科学なる範疇を開示した。それまでの具体科学(Science du concret)から抜け出し、属性分解の手法で天文学、物理学、生物学が確固たる分野を築いた。哲学は近代科学の形成に十分協力した。デカルト、カントの功績が挙げられる。 

3 哲学が足踏みするなか、自然科学は長足の進歩を見せた(相対論など前出)。そこに哲学は不在だった。

4 かつては哲学が思考に君臨していた。今は(科学者から)哲学は相手にされない。

 « Il faut convenir que s'il y a eu par le passé un primat de la philosophie, celui-ci aujourd'hui n'est plus imaginable. Désormais, la science a une fonction métaphysique beaucoup plus efficace que n'importe quelle philosophie. Non seulement elle accroit notre champ de connaissances, mais dans cet effort d'accroissement elle nous fait aussi comprendre que notre connaissance a des limites. Il nous fait aussi comprendre que notre connaissance avait des limites » かつては哲学が主役、女プリマ歌手だった。今は想像するに能わない。以来、形而上思考を(人に)与える役目を担い、いかなる哲学よりも科学は有効です。我々の知識の領域を広めるのみならず、我々の知識には限界が控えると教えてくれる。

 « Finalement la philosophie. Je dirais ceci de son rôle : comme les leçons de la science ne sont pas formulées par les savants, c'est donc à elle qu'il incombe de se pencher sur le matériau, de suivre patiemment son évolution et d'en tirer tous les enseignements qu'il contient. En ce sens, le philosophe devient un interprète.

最後に哲学に申す。その役割とは、以下を伝えたい。(自然)科学から学んだ事柄を哲学者が体系付けしていない。故に、哲学そのものが素材(自然科学などの成果)に向かい合う必要に迫られている。素材を辛抱強く追い、素材が内包する教え全てを引き出す。この意味において哲学者は(科学と形而上の)仲介役(interprète)になる。

デカルト・カントの逆張り、哲学が森羅を翻訳する、それがないと哲学は廃れる。 

Le rôle du philosophe 哲学者の役割 (Le Magazine Littéraire 198512月号より)了

2023915日)

 

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